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思いが残る場所

2019.08.30 Fri
こんばんわ、cecilmamaです。
先日のブログの続きを書きます。


登山口


こちらが登山口。
ちょうど午前11時頃でしたが、登山口の向こうは薄暗くて、
本来ならとても一人で行けそうにない雰囲気。
しかし、登山口の駐車場にはすでに10台以上の車が停まっていて、すでに先客あり。
これが安心して登れるポイントになりました。


登山道案内図


登山道の案内板。
群馬県上野村にある、「御巣鷹の尾根」にやって来たのでした。


御巣鷹の尾根の岩石


ちょっと山の中に入ると、ウソのように緑がキレイなのです。
ここがあの事故現場とは思えぬほど、静かで美しい景色でした。


昇魂の碑


とにかく無心で登っていたので、かかった時間は分からないけど、
30分?45分?ほどで到着したのかな。
昇魂之碑にたどり着くまで、いくつかの「墓標」を目にして、思わず足が止まりました・・・
昇魂之碑が建っている場所が、標高1539メートルで御巣鷹の尾根と呼ばれる所。
こちらが事故当時、たくさんの遺体が並べられたところで、
ここからヘリコプターで遺体を移送したのだそうです・・・・・


御巣鷹の尾根_碑


事故現場の碑。


遺品埋葬


犠牲者の遺品が埋葬されている場所。


安全の鐘


空の安全とすべての交通安全を祈って、ワタシも鐘を鳴らして来ました。


供養塔


ここに来て、是非とも手を合わせたかった墓標がありました。
コックピットで最後まで乗客を守ろうとされた機長、副操縦士、機関士3人の供養塔。
操縦不能になった機体を最後まで諦めずにコントロールして、最後は山に墜落してしまったけど、
3人で力を合わせて頑張る姿はボイスレコーダーを聞くたびに、
何度じーーんと胸を打たれたことか・・・・
最初に異変を感じた時に何故海ではなく、山を目指したのか・・・
横田基地に着陸態勢に入ってたらしいですが、ダッチロール現象の機体では無理だったのでしょう。
高濱機長は、顎の骨が見つかっただけと聞いています・・・・
お疲れさまでしたと合掌しました。


沈黙の木


供養塔より少し下の方にあった、真っ黒に焼けた木に目が留まりました。
「沈黙の木」と名付けられた、当時を物語る焼け焦げた木・・・


御巣鷹の尾根


ところどころに面影が残っています。


X点


大きな岩に白で大きく×と書かれているこれは、当時の捜索救助の起点とした×印です。


U字溝


遥か向こうを眺めると、山の形がガクンと凹んでいる「U字溝」がすぐにわかりました。
あそこを機体が擦って、この場所まで突っ込んで来たかと思うと・・・・
あんなに遠いのに、わずか数秒でここに墜落したのですね・・・・


道しるべ


そして、すげの沢へ行きました。


すげの沢へ


すげの沢へ行く登山道には風車が飾ってあり、風でくるくると回っていました。


すげの沢


ここがすげの沢。
4人の生存者が発見されたのが、すげの沢です。
たくさんの墓標も写真に写り込んでしまってますが、
ある生存者の亡くなった家族の墓標を見るととても哀しかったです。
生と死の分かれ目は、いったいなんだったのでしょう・・・・・


御巣鷹の尾根_1


墓標は、ところどころで山肌に綺麗に横並びで建っていましたが、
管理人さんに質問しました。「墓標の場所でその人の遺体が発見されたのですか?」と。
そうではないそうです。
遺体はバラバラで発見されており、個人の発見場所は特定できない為、
遺族会とJALの意向で墓標を並べて建てたのだと・・・・
今までの長年の報道の中で、有名になって名前を知る犠牲者の墓標を見ると自然に涙が出ました。
特にワタシの思い入れがあったのが、
三姉妹でつくば博へ旅行に行ったその帰りに事故に遭ってしまった、可愛いT家の三姉妹。
残された両親をあるTV番組で見た事があり、とても心に残っていました。
三姉妹の墓標には、3人並んだ写真が飾ってあって、自分の娘達と重なったのかな・・
周りに誰もいない事をよそに嗚咽してしまいました・・・・
突然絶たれたそれぞれの520の人生・・・
その520の人生にそれぞれ繋がっていた、関わっていた人達を数えると、
犠牲者は520どころではなく。
そういう哀しみを背負って生きて行く事に、敬意を払いたいキモチになります。
管理人さんの黒沢さんに最後に言われました。
「また来る?」
「また来てください」と・・・
それは忘れないでねというキモチと察しました。
行きたいと思ってから30年余りもかかったけど、行ってよかったです。



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