嵯峨釈迦堂 清涼寺へ

2015.07.12 Sun
高雄から南へ降りて、嵯峨野へ。
嵯峨野へ行くのも初めて。
山の麓で、竹林や田園地帯が広がり、のどかな素晴らしいところでした。


清涼寺


そして、まずは清涼寺へ。
何故、ここを選んで行ったかと言うと・・・
国宝の阿弥陀三尊像を見たかったからです(^.^)
が! 安置されている霊宝館の一般公開は、春と秋の4か月だけだそうで・・・(T_T)
リサーチ不足・・💦
まぁー、こんな事もある(;´Д`)


清涼寺_1


こちらも広々とした境内でした。


清涼寺_一切経堂


一切経堂。
江戸中期の建築だそうです。


清涼寺_本堂


本堂。
堂内には、重要文化財がどっさり展示してありました。
天下の悪法と知られる、生類憐みの令でおなじみの徳川5代将軍綱吉公。
その生母桂昌院の私物がどっさり★
絢爛豪華でした。


清涼寺_大方丈へ


本堂の裏から大方丈へ続く長廊下。


清涼寺_庭園


庭園と弁天堂。
小さい塔が戦争犠牲者を弔う忠霊塔。
塔の地下には、沖縄ひめゆりの塔、その他の各戦地跡の血染めの小石などが納められているそうです。


清涼寺_襖絵


そして、大方丈。
襖絵の一部は狩野探幽の筆とかで・・
狩野と聞くと、日本絵画最大の絵師の集団と・・さすがにそれは分かるけど、
その中でも、誰と誰が代表的な絵師?までは知らず、、、( *´艸`)
この際に調べたら、狩野永徳、狩野正信、狩野探幽、狩野山楽だそうで・・
縁側に座って庭を眺めて来ましたが、静かで意味のあるひとりの時間でした♫


清涼寺_秀頼公首塚


本堂の脇には、大坂夏の陣で自害した豊臣秀頼公の首塚がありました。
誰かの首塚とされるモノはいくつもあるけど、
何を根拠で首塚と言うのかな?と、何度か疑問に思った過去もありますが、ここは確かなのでしょう。
昭和55年 大阪城三の丸跡地の発掘現場から3人の頭蓋骨が発見され、
うちひとつの頭蓋骨は20代男性で、介錯した後や左耳に障害があった可能性が確認された結果、
秀頼公と推測され、清涼寺に納められたそうです。
うわぁ、なんかすごい~
遠い昔の歴史が、少しでもこうやって身近にあると身震いする思いのワタシでした。



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