城下町・萩へ

2017.07.16 Sun
山口県の旅は、最終日の3日目に★
朝は大雨・・・☂
旅先で雨に降られる事は、あまりなく・・・・
なので、滅多に降らない雨に当たると、とても憂鬱になったモノでしたが、
旅慣れしたのでしょうか、、、
ここ数年は、雨も旅を彩る味。と思えるようになりました。
ただ、傘をさしても、足元がずぶ濡れになる凄い大雨は嫌ですけど💦


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萩へ行きました。
宿を出発した頃から雨は綺麗に上がって、おかげで湿気が酷い・・・
萩と言えば・・・
多数の幕末志士を生み出した、吉田松陰を思い出します。
松陰神社へ行きましたよ。


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松下村塾へ。
是非とも行ってみたかった☆


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幕末当時の建物が現存してるそうで、
当初からあった8畳と増築した10畳半からなっていました。
増築した部分は、松陰と塾生の共同作業により建てたというから、
松陰と塾生の信頼関係は、固いモノがあったと想像できます。


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講義室とありましたが、こちらが増築部分ですね。


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一部の塾生の肖像が飾られていました。
見ると・・・伊藤博文の肖像にカメラを構えるワタシが重なってる(;´Д`)
それにしても、ここに来てみて、ワタシの頭の中をひとつの疑問が支配しました。
幕末の激動の時代、江戸から遠く離れたこのド田舎で、
何故にたった8畳のちっちゃい塾から多数の志士を輩出し、
そして、明治新政府を主導する多数の人材を生み出す事が出来たのかって事です。
どうして、ここから・・・
萩で生まれて育った若者だったの??
土佐藩にしても薩摩藩にしてもそうで、、、、、
その当時の今の富山県で生活してた若者にそれに近い人はひとりもいなかったの??
不思議、不思議・・・
どうして、どうして・・・


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頭の中が疑問でいっぱいになって、
次訪れたのは、萩城址でした。 
(石碑のじょうしの表記は、足偏になってます。ワタシのパソコンでは、その漢字が出て来なかったので、址で表記します)


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当時の萩城は、山麓にある平城と山頂にある山城を合わせて構成されてたそうで、
すごいスケールだったと思います。


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遺構の石垣、堀だけでも来た価値があるなぁ~と、大変満足しました。


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天守閣跡から眺めた遺構。
この付近、萩市は歩いて、または少しだけ車移動してゆっくり見て回れる観光ポイントがたくさんありました。
たくさんの偉人の故郷だしね。
興味はとってもありましたが、またいつか訪れる機会があれば、ゆっくり見て回りたいと思います。
心残りを残して後にするのも旅の次の楽しみ、また来よう~に繋がるワタシの意欲(^^)/



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